涙の女



 男が泣いていました。
それはまるで嵐の様で、その涙は濁流のように彼の顔を流れました。
地面には、滴が落ちたどころか、水溜りを作るほどの涙を流したのです。
 女が、死んでしまったのです。
男にとっての愛しい女が、死んでしまったために、男は泣き続けていました。
ずっと、泣き続けていました。
 地面には、あまりにも泣き続けた為に水溜りは流れ出し、川ができていました。
いい加減、そこまでになると次第に気力は戻り始め、伏せていた体も起こし始めました。
 男は、改めて地面を見ました。
流れ出すほどの涙を出した向こう側には、女の墓があります。
あの下に、もう見るべき物ではない女がいるのです。
悲しそうに見ていると、地面の様子がおかしい事に気づきました。
男の涙が、何かを描くように動いていたのです。
 始めは、涙の流れが好き勝手に動いているようでした。ですが、その流れは細かい滴に変化し、滴は精密に動き始め、人の形を取り始めました。
ここまで来ると、男ははっと息を呑みます。
あの男が愛した女が、涙によって描かれ現れたのです。

 地面には、女を知るものならば誰もが彼女と断言する、涙による全身像があります。
男は、確かに始めは喜びました。でも絶望が男の心を再び覆っていきます。
触れる事ができないのです。ただ単に地面と水の感触だけがして、彼女に触れる事ができないのです。
また、女は男の姿を見えてないし、男の声すら聞こえないようでした。
女は、男がすぐ側にいても、何も反応しないのです。女のいる次元があまりにも違うのです。
ただ、地面の上で裸のまま少しづつ消えていくだけ。
蒸発するだけでした。
 男は、また泣き始めれば女は消えないとは思いました。
ですが、もう涙は枯れていました。


 女を構成した、最後の滴が消えました。
もう、地上には女はいません。
女を無くした男だけがいます。
 女はずっと涼しげな表情のままでいました。
それは、この世に何の未練もないように思えました。
彼女は、もうこの世の存在では無いのでした。
 男は、それを悟り、とぼとぼ帰って行きました。


 

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